これぞ資本主義!——買い物をエンターテインメントに変えた人たち

『デパートを発明した夫婦』

鹿島茂 著
講談社(1991年)
経済経営学科 薄井 和夫 教授 推薦図書)


 

 渋谷や原宿に行ってぶらぶらとショッピングを楽しむ。何も買わなくても、ファションやかわいい物などを見てまわるだけで楽しい。——こんな当たり前の体験を作り出した人は誰でしょう?何事にも始まりがあります。現代では日常的なこんなショッピング体験も、19世紀前半の世界ではほとんど存在していませんでした。こうした体験を初めて生み出したのは、産業革命と近代都市の申し子と言われる最初の近代的な小売業、百貨店(デパート)でした。

 この本は、世界で最初の百貨店のひとつとされるフランスのボン・マルシェを作り出したブシコー夫妻の物語です。19世紀前半(日本では江戸時代後期)、まだ自動車も電気もなく、パリではようやくガス灯がつき始め、舗道が造られ、乗合馬車が庶民の足になり始め、買うことができなくとも贅沢な品物をこの目で見て楽しむというウィンドウ・ショッピングがいくつかの店でようやく取り入れられ始めた頃、アリステッド・ブシコーはそうした店のひとつで修行をしました。マルグリッドという娘と結婚したブシコーは1852年に独立し、ボン・マルシェという店を開きました。この店名は「安い価格で」という意味で安売り屋でした。ブシコーは、売れ残り品を「うぐいす」などと言って地方からの旅行客に流行品として売りつける当時の騙し商法を止め、バーゲンセールを定期化して在庫品処分をする一方で、店内を白一色にする白のセールなどテーマを決めた「大売出し」を行うなど大量仕入れ・大量販売を実現して資金を蓄えました。彼は、この資金を新しい店の建築に注ぎ込み、5,000㎡の巨大な敷地に、エッフェル塔を建設した技師エッフェルなどに依頼して、鉄とガラスでできたヨーロッパ的なビルディングを完成させました。第1期工事は1872年に完成しましたが、第2期工事がさらに1887年までかかっています。こうして完成した百貨店は、買い物空間をスペクタクルな空間へと変貌させたのでした。

 ブシコーは、この百貨店で、子供のための売り場や、顧客のための読書室、さらには従業員による定期的な野外オーケストラ演奏会までをも組織しました。当時の顧客にとって、百貨店に行くのは、まるでディズニーラーンドにでも行くような楽しさに溢れていたことでしょう。

 このボン・マルシェという百貨店は、今でもパリのセーヌ川の左岸にあります。セーブル・バビロンという地下鉄の駅を出るとすぐブシコー広場があり、その隣に19世紀そのままの建物で偉容を誇るボン・マルシェがあります。皆さんも、もしパリに行く機会があったら、この本を片手に訪れてみませんか。

 

2023年2月
経済経営学科 教授 薄井 和夫

一般図書
[請求記号:673.8/K]

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