小説を映画へ

『国宝 上: 青春篇』
『国宝 下: 花道篇』

吉田 修一 著
朝日新聞出版(2021年)
人間文化学科 牛田 あや美 教授 推薦図書)


 

 今、芝居を演じていた役者は舞台から、その衣装のまま物語の延長線へと続くかのように劇場から外へ出てきます。そこには現実では生きることを拒否したかのような役者馬鹿の姿が映像として浮かび上がってきます。

 小説を読んでいくと、自然に映像が浮かび、まるで映画をみているかのような文章があります。そのような作家のなかの一人に吉田修一がいます。「パレード」「悪人」「横道世之介」「怒り」「さよなら渓谷」「愛に乱暴」など、陸続と多くの作品が映画化されています。歌舞伎役者を主人公とした「国宝」は来年、映画館でみることができるでしょう。

 この作品は日本の芸能界の内幕が、歌舞伎役者を通して描かれています。日本の芝居や映画に詳しい読者であれば、かつて繰り広げられたスキャンダラスな出来事、演目、映画作品を具体的に想起されます。吉田修一は「国宝」を執筆するにあたり、四代目中村雁治郎へ、まるで弟子のように密着取材をしています。そのためかドキュメンタリーであるかのように読めてしまう箇所もでてきます。物語の登場人物を、現実にいる歌舞伎役者に当てはめてしまいそうになるのです。もちろん物語ですから、そんなことはないのですが、芸能の世界を垣間見ることができます。芸能の世界で光り輝くためには、そこに真っ黒な影が必要です。影が黒ければ黒いほど、光は輝きます。そこが「国宝」の核をなしています。

 虚構の世界に生きる役者は、同時に現実世界でも生きなくてはなりません。現実世界には、耐えることのできないことが繰り広げられます。それは役者も読者も同じなのかもしれません。そこを耐えに耐えて、もうここまでという限界点の果てに芸道を見つけることができるのでしょう。

 

2024年7月
人間文化学科 教授 牛田 あや美

一般図書
[請求記号:913.6/Y/1]

一般図書
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