『宇沢弘文の経済学 : 社会的共通資本の論理』
宇沢 弘文 著
日本経済新聞出版社(2015年)
(経済経営学科 花崎 正晴 教授 推薦図書)
2014年に86歳で逝去された世界的な経済学者である宇沢弘文先生は、1956年に渡米し、スタンフォード大学、カリフォルニア大学バークレー校を経て、1964年に36歳でシカゴ大学経済学部教授に就任しました。このころの宇沢先生は、アメリカで主流であった新古典派経済学の枠組みのなかで、最先端の理論経済学に関する論文を多数執筆し、最も優れた若手経済学者の一人とみなされていました。しかしながら、アメリカの経済学が、過度に人々の合理性を強調し、予定調和的な性格を強めていく一方で、アメリカの社会がヴェトナム戦争などで疲弊していくのを目の当たりにして、主流派の経済学がそのような現実に対してあまりにも無力であることに疑問を感じていきます。
そして、1968年に帰国し、東京大学経済学部で教鞭を執る一方、先生独自の学問体系を構築することに生涯をささげていったのです。宇沢先生がその構築におよそ50年に及ぶ精力をつぎ込んでこられたのが、社会的共通資本の体系です。社会的共通資本とは、人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を安定的に維持することを可能にするような自然環境や社会的制度を指します。いわば、人間が人間らしく生活していくうえで、社会の基本的な条件を規定するものなのです。
社会的共通資本の体系のなかでも、中心的なものが自然環境です。なかでも、地球温暖化は人類の生活のあらゆる側面に大きくかかわり、現世代だけではなく、将来の世代にも深刻な悪影響を及ぼします。今でこそ地球温暖化の問題は、多くの人々が知るところとなり、温暖化をもたらす二酸化炭素などの温室効果ガスの排出をいかに削減すべきかが論じられていますが、宇沢先生は人々の関心が乏しかった今から30年以上前から、地球温暖化の問題の解決策を論じていました。すなわち、宇沢先生は、大気中に排出される二酸化炭素の量に応じて税金を課す炭素税を提案していました。
宇沢先生の社会的共通資本の体系において環境と並んで重要な位置づけとなっているのが、制度資本です。制度資本とは、人々の生活を制度的な側面から支えるもので、教育、医療、司法、金融、警察などが含まれます。このうち、教育とは、一人一人の子供が、その置かれている先天的、歴史的あるいは社会的条件の違いを超えて、人間が人間として生きていくための知的、精神的、身体的あるいは芸術的な営みなどの面で、進歩と発展を可能にする行為と捉えています。宇沢先生は、リベラルな教育を、子供たちの一人一人がもっている生まれつきの能力や後天的に備わった資質をできるだけ伸ばし、発展させるべきと主張しています。子供によっては、絵を描くことが得意であったり、むずかしい算数の問題を解くことが得意であったり、また生物の生態を観察するのが好きだったり、さまざまです。教育の最も大切な機能は、一人一人の子供が持っている能力や資質の蕾を大事に育てて、みごとな花として開花させることにあると、先生は常日頃おっしゃっていました。
今回紹介する『宇沢弘文の経済学 : 社会的共通資本の論理』は、宇沢先生の社会的共通資本の基本的な考え方をわかりやすく解説している名著であり、多くの皆さんに是非お読みいただきたいと思っています。
2024年9月
経済経営学科 教授 花崎 正晴
一般図書
[請求記号:343.7/U]