待つことへのいざない

『「待つ」ということ』

鷲田 清一 著
KADOKAWA2006年)
心理学科 泉水 紀彦 講師  推薦図書)


 

 「待たなくてよい社会になった。待つことができない社会になった。」これは、本書まえがきの一節です。本書が取り上げる「待つ」とは、私たちにとって身近な行為だと言えます。

 私はよくネット通販を利用します。便利ですよね。ネット通販の発展はここ十数年で著しく、欲しい商品が翌日、遅くても翌々日には配達されてきます。欲しいというニーズがすぐに満たされ、待たなくてよく、便利になりました。ただ不都合も出てきます。例えば、ちょっとでも発送や配達時間帯が過ぎると焦れったく、イライラします。予定通りにならないとパニックになりクレームまで入れたくなります。でも、ふと立ち止まって考えると、注文したものは本当にすぐに欲しいものなのでしょうか?多くの場合は、ちょっとぐらい遅れても大丈夫なものであると思います。このように、私たちは、いつの間にか待つことができなくなっているのです。

 これは、人間関係でも言えることです。友人や恋人とのコミュニケーションにおいても、「待つ」ことが少なくなっています。手紙、電話、携帯電話、Eメール、SNSと時代とともにコミュニケーション手段は移り変わっていますが、現代では、手のひらから誰かとすぐにつながることができます。深夜に一人でいても、SNSやYouTube、オンラインゲームにアクセスすれば誰かに会ってやりとりができるのです。つまり、誰かとつながりたいという自分のニーズをすぐに満たすことが可能です。しかし、連絡が取れなくなると一気に不安になります。嫌われたかもしれないと悲しくなったり、相手から何かのメッセージが来ているのではないかとそわそわします。そして別の誰かとつながりを求めることも少なくないでしょう。

 実は、「待つ」という行為は、苦痛でもありますが生産的だと言えます。待つあいだ、わたしたちはいろいろな想像や気持ちの揺れを経験します。自分のニーズを見つめ直したり、相手に思いをはせたり,新しい可能性に気がついたり、自分の気持ちと折り合いをつけたり、誰かに怒りをぶつけてみたり、諦めてみたり、何も考えなかったり、神にすがってみたり、待つこと自体を忘れたりと・・・

 私たちは、人生において、事故や災害、近親者の死など不条理な出来事が生じて、自分の力だけではどうしようもないことに直面することがあります。そんなときに、待つことが力を発揮するかもしれません。

 「待つ」ことが少ない時代になったからこそ、本書を通して、「待つ」ことの大切さを改めて考えてみませんか?

 

 

2022年7月
心理学科 専任講師 泉水 紀彦

一般図書
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