『知的生活の方法』
渡部昇一 編
講談社(1976年)
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私の恩師の作家としての出世作『知的生活の方法』は、1976年に初版が出版されて一躍ベストセラーとなってから多くの人に読まれ続け、2010年代になってもなお再販されています。恩師によれば、この本によって「知的○○」という言葉が日本で一般によく使われ始めたそうです。
本書は、学生も含めた「本を読んだり物を書いたりする時間が生活の中に大きな比重を占める人たちに、いくらかでも参考になることをのべる」ために、知的生活を体現した著者が自分と知的生活を送ったとされる人の体験を基に書かれたものです。まずは、本の読み方からはじまり、続いて、本を買うことの意味、部屋の片隅であれ丸々一部屋であれ自分の小図書館を持つ意義、本から得た情報の整理の仕方、さらに、せわしない日常の中での時間と空間の使い方から散歩の効用にいたるまで、知的活動のヒントとなるものが随所に盛り込まれています。
具体例を見ると、知的生活を何よりも重視する著者の熱い思いが伝わってきて、説得力が増してきます。例えば、身銭を切って本を買って手元に置いていた方が次第にその価値がわかるし、読みたいときにすぐに読め、知的なインセンティブを削ぐことがない、食費を削ってでも本を買うべし、さらに、暑い夏にも知的活動を継続できるように、バイクや車を買うお金があったらクーラーを買った方がよい、などです。将来の知的活動に惜しまず投資することが大切なのです。
このように紹介すると、知的生活を送るためのハウツー本ではないかと考える人もいるかと思いますが、本書は方法論だけ書かれた軽薄な書ではありません。本書ではむしろ知的生活を送る上でのあるべき姿勢について多く語られています。中でも、知的活動をする者へ贈った本書冒頭の言葉、知的生産をする人は「己に対して忠実なれ」は強く印象に残っています。著者が幼かった頃、将棋でズルをした者は上達しなかった例を挙げて、自分をごまかさない姿勢、わかったふりをしない姿勢、つまり「知的正直」(intellectual honesty)が知的活動には大切だと説かれています。
本書はパソコンが普及していない頃に書かれていますから時代遅れの箇所もありますが、今でも知的生活を送る上で大切なことは変わっておらず、参考になる点も多いと思います。きっと大学生活のみならずその後の生活の指針となってくれるでしょう。
2022年3月
人間学部人間文化学科 教授 熊田和典
一般図書
[請求記号:002/W/1]