歴史ロマン・・・時代や地域が異なれば、そこには異なる文化がある

『遠野物語 ; 山の人生』

柳田国男著
岩波書店(1976年)


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民俗学という学問がある。俗とは生活習慣の意と考えればよい。つまり、歴史学が言わば英雄や偉人たちが、いつどこで何をしたかを明らかにするのに対して、民俗学は名もなき人々の思考や日常的な物事を知ろうとする。本書は日本に民俗学を開いたとされる柳田国男の代表的作品である。

『遠野物語』は、明治40年(1907)頃に岩手県遠野地方で採集された119話からなる。カッパをはじめ、妖怪や怪異の話も多く、現代人の諸君が読めば、子どもだましの話と思うだろうが、あえて紹介する理由は、それが異文化理解につながるからである。異文化とは必ずしも、今を同時に生きる外国・異郷の文化だけを対象とするのではない。同じ土地でも、時間という縦軸が異なれば、異なる文化がある。そのことを知ってほしいのだ。河童や山姥がいた/いないなどという低次元の読み方をされては困る。では、どう読んで、何を受け止めればよいのか。それはわざと書かない。課題として考えてもらおう。

『山の人生』は、異界としての山との日本人の付き合い方の歴史といった内容となっている。柳田は、日本の山中にいわゆる日本人とは別の人々が住んでいた(いる)と考えており、さまざまの霊怪な伝承の根底には、彼らとの接触にともなう現実が作用していると見ていた。稲作以前の先住民族が生き残っていた(いる)はずだという信念が、この作品の基層を成している。この見方は現在、完全に否定されているし、柳田自身も後には撤回したけれども、本書は何とも言いがたい茫洋たるロマンに満ちながら、一面では哀愁さえ感じさせる、私の一番好きな柳田作品である。

諸君に民俗学的な視点をもってほしいし、ひいては、それも異文化理解の一つのあり方なのだということを知ってもらいたい。関心をもったならば、『海上の道』、『蝸牛考』、『婚姻の話』など、柳田の他の作品を読んだり、赤坂憲雄、小松和彦、常光徹といった近年の民俗学の旗手たちの本に進むのもよいだろう。


2017年9月
人間文化学科 教授 湯浅吉美

一般図書
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