遊牧民になったつもりで、ユーラシア世界の歴史を駆け巡ろう

『遊牧民から見た世界史』

杉山正明著
日本経済新聞出版社(2011年)


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わたしたちが中学や高校で習った世界史では、いつも主役はヨーロッパや中国の王朝だった。戦後の世界史教育が西洋中心史観や中華中心史観によってパターン化されてきたためだ。

それでも生徒たちは、王朝の栄枯盛衰の節目でどこからともなく現れてくるめっぽう腕っぷしの強い不思議な集団がいることを見逃さなかった。匈奴、ウイグル、突厥、フン族、モンゴルなどなど、懐かしい遊牧民の名前がいくつも並ぶ。かれらの天衣無縫な活躍にわくわくしながら授業に聞き入ったものだ。でも、それもつかの間、すぐに受験世界史の側に引き戻された。

この本は、そうした歴史の脇役たちに照明を当て、遊牧民のダイナミックな活動と興亡を「ユーラシア世界史」として描き出している。受験用の世界史で四角くなった頭をまーるくするために、わたしたちも遊牧民になったつもりで、しなやかにユーラシア世界の歴史の表と裏を駆け巡ってみよう。

まず遊牧民と聞いてどんなイメージをもつだろうか?どことなくロマンチックな響きがある言葉だ。中国語では「牧民」を「ムー・ミン」とかわいらしく発音するそうである。しかし、現実は厳しい。かれらが生活する「沙漠」(砂ばかりの砂漠ではなく、水の少ない荒れた草地)は寒暖の差が激しい苛酷な乾燥世界であり、ロマンチックどころか常に死と隣り合わせているといってよい。

だからこそ遊牧民は強い。強くなければ生きられない。かれらの騎乗の技術に弓射の技量が結びついたものが「騎射」だ。銃火器が戦争を根本から変えてしまう近代になるまえ、ずっと騎射にたけた遊牧騎馬集団こそが、地上で最強の機動軍団だった。

遊牧民の強さは日本人のほとんどが今まさに実感している。大相撲は無敵の横綱、白鵬を筆頭にモンゴル出身力士に席巻されていると言ってよい。白鵬みずから、馬乳酒や草原の食で腹を満たし、馬で駆け巡った少年の日々が、しなやかな足腰の原型をつくったと回顧している。

古代よりさまざまな遊牧国家が興亡を繰り返した主な舞台が「中央ユーラシア」だ。ヨーロッパとアジアをあわせてユーラシアという。地球儀で見ると、その中央には草原と砂漠と山地がひろがり、西の端にブリテン諸島そして極東に日本列島がある。

本書で展開されるのは、「歴史の悪役像」として図式化されてきた遊牧民に対するマイナス・イメージを払拭し、中央ユーラシアの遊牧民の視点から世界史を見直そうというスケールの大きな歴史観だ。過去の遺物のようにみえる遊牧民だが、どっこいユーラシアの各地に今もしっかりと生きつづけている。チェチェンやウイグルに象徴されるように、21世紀の難問である少数民族問題の行く末を見据えるうえでも、本書は大きな糧を与えてくれる。


2014年1月
経済経営学科 教授 濱本道正

一般図書
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