独特の表現世界-岡本太郎の母、強烈な個性と愛

『岡本かの子全集』

岡本かの子
日本図書センタ-(2001年)


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岡本かの子は、森見登美彦の小説や「20世紀少年」にメルクマークとして登場する太陽の塔を建てた岡本太郎の母親です。父親は、総理を知らなくても彼を知らない者はいないと評されるくらい一世を風靡した挿絵画家、岡本一平です。

かの子は、遠く巴里に留学した息子に「太郎に、じかに逢いたくってもう手紙なんか書くのうんざりだ。じかに逢いたいんだよ」と熱烈な手紙を書きます。こんなふうにも書いています。「今日からお金をまうけ始め度のです。私の下手な詩でも買つて下さい。/私はお金をまうけて、恋人に香ひの好い煙草一箱を買はうとするのでもありません。また、私のドレスを一枚買はう為でもありませんよ」「その金でいまに太郎の美くしいお嫁に着物を買つてやるのです」「太郎は美しい着物を着たお嫁さんをまた一だんと好みませうから。お嫁さんが、わたしをいぢめるお嫁さんでもおかまひなし、わたしは太郎のよろこびのために、そのお嫁さんに美くしい着物を買つてやります」。
そして、同じ家の隣の部屋で仕事をしている夫には、「今日はね紫水晶の耳環をして居るの。首かざりは襟に食ひ入る処へあせもが、あの金の細いクサリなりに出来てはいけませんから。それがね、その紫水晶の大粒な珠が、夕風にゆれたり、私が首を動かす毎に、ころころと両方の耳の下をかろくかはゆくうちますのよ。それが可愛ゆくつてわたし涙がにじむのよ」と手紙をしたため、「ですからもうこんなお手紙書くのやめて御一所に下の座敷へ参りませう、お夕食の仕度も直き出来るはずですわ。昼間のお仕事をお打切りに遊ばせよ、私の部屋はもう薄暗くなつてしまひました」と、階下で一緒に夕食を食べようと誘います。

これらの書簡から滲みでる、彼女の感情の強さとそれを写す言語感覚の鋭さは尋常ではありません。彼女は新茶を飲む様子も、こんなふうに伝えます。「茶というよりも、若葉の雫を啜るといふ感じである。色がいい。白磁の茶碗の半を満たしてゆらめく青湖の水。さなりき。誘うニンフも誘わるる男妖精も共に髪ぞ青かりし。揺曳とした湯気の隙間から、茶碗の岸にさういふ美魔が見へるやうな気がする」。かの子の文章に触れたあなたも、これからは新茶を飲むたびに美魔が見えてしまうこと請合いです。

かの子は、歌人として大成し、仏教研究家として活躍した後に、小説家として認められます。書簡、評論、随筆、小説。それら全ての文章を全集では味わうことができます。更に、太郎や一平のみならず、様々な作家たちがかの子の強烈な個性を伝える回想記も収録されています。有吉佐和子の「悪女」を地で行く、多面的で奥深い人間模様が浮き彫りとなります。かの子は言ったそうです。「みんな、私が好きなのよ」。彼女は「悪女」でしょうか、あるいは無垢な心の童女でしょうか。全集を読み終えたあなたのなかには、どのようなかの子像が浮んでいるのでしょう。話したくでうずうずするかも知れません。是非、伺いたいです。


2011年7月
こども学科 教授 大國眞希

一般図書
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