「コミュ障」って本当に個人の問題? 社会学で解き明かす生きづらさの正体

「コミュ障」のための社会学 : 生きづらさの正体を探る

岩本 茂樹 著
中央公論新社(2022年)
こども学科 小林 佳美 専任講師 推薦図書)


 

 他者(ひと)とのコミュニケーションは難しい――、誰しも多かれ少なかれ、そんな悩みに沈む日があるのではないでしょうか。

 本書は、自分を「コミュ障」と追い込んでいる人、逆に周りにいる人を「コミュ障」として蔑んだ眼差しで眺めてしまう人たちへ、社会学的なレンズによって、その生きづらさの原因を探求する視点をくれる1冊です。

 はじめからお伝えしておくと、この本は、コミュニケーション術の指南本のような即効性はありません。どちらかと言うと、じんわりと効く漢方薬的な、社会学の入門書です。

 と言ってもわかりづらいので、例えば、こんな曲をご存知でしょうか。

 「♪Pure Pure Lips 気持ちは Yes! Kissはいやと言っても反対の意味よ♪」

 知っている人は知っている、知らない人は知らない、当たり前ですが……。
 1980年代にリリースされた松田聖子さんの「Rock’n Rouge」です。「kissはいや」と言っておきながら、表面上のメッセージを額面通りに読み取らないで、裏に隠された意味を読み取って欲しいの! などと、高度なコミュニケーションを人気アイドルが迫る歌詞で、昭和時代に大ヒットした曲です。

 昭和生まれの私は、このダブル・バインドの茶番劇こそ、恋愛を燃え上がらせてくれる焚き木的な要素だと思うのですが……。皆さんは日常のなかで、このような二つの矛盾するメッセージをつきつけられて、相手の真意がわからず、「はて?どのように振る舞って良いのやら……」と固まってしまった瞬間、あるでしょうか? 著者は、この思案の沈黙がコミュニケーションの流れを断ち切ってしまうことになると分析し、特にコミュ力を過剰に価値づけようとする現代においては、そこで上手に対処できない自分を、「コミュ障」と責めてしまっている人がいるのではないか?と言うわけです。ここでは、社会学者ピエール・ブルデューの「文化資本」の概念にも触れ、現代においてコミュニケーション能力が個人の社会的地位を決定付ける資本の一つとして、より重視されるようになったことが論じられています。

 「じゃあ、どうしたらよいのか?」をひも解くヒントとなる社会学の知見も複数示されています。その一つとして社会学者アーヴィン・ゴッフマンの「儀礼的無関心」や「役割期待」の概念は、特に保育者や教員を目指す学生の皆さんに参考となる知見だと思います。そこでは、♪ちゃらり~でおなじみの「鼻から牛乳」の昭和のコメディソングから掘り下げて、優柔不断な歯科医師や、教壇でズボンをおろす教員、ラフに判決文を読む裁判官を連想させて、抽象的な概念を説明していきます。つまり、本書の魅力は社会学的な概念を、このように歌謡曲や文学、テレビドラマ、絵画などの様々なメディアが描く日常からわかりやすく解説してくれるところでしょう。

 難を言えば、引用されている歌謡曲が古い!

 令和を生きる皆さんは、ぜひ現代のヒット曲やドラマ、自分の日常に置き換えて、本書で入手した理論を当てはめてみてください。社会学の斜に構えた視点から、個人の悩みの根源を捉えなおすことができるかもしれません。

 

 

2025年3月
こども学科 専任講師 小林 佳美

一般図書
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