ダニエル・キイス 著
小尾 芙佐 訳
早川書房(1999年)
(ビジネス実務学科 赤城 知里 専任講師 推薦図書)
少し古い作品ですが、私が高校生のときに初めて読み、涙が止まらなかった忘れられない一冊です。物語は、知的障害をもつ青年チャーリイが、知能を高める手術を受け、その経過を日記として記していく形で進みます。実験は成功し、彼は急速に高い知性を身につけていきますが、その一方で、これまで気づかなかった他者の悪意や搾取、自分が置かれてきた社会的立場の厳しさ、そして深い孤独を、よりはっきりと自覚するようになります。そして、実験動物であるネズミのアルジャーノンの変化は、やがてチャーリイ自身の未来を暗示するものとなっていきます。
若い頃は、チャーリイの辿る運命の残酷さや切なさに、ただ心を揺さぶられながら読み進めていました。しかし心理職として臨床の現場に立つ今、改めて読み返すと、本書は「人の幸福とは何か」「それを誰が決めるのか」という本質的な問いを投げかけてきます。知能や適応力、機能の向上は、支援の場ではしばしば望ましい変化と考えられますが、それが必ずしもクライエント自身の幸せと重なるとは限りません。本書は、善意や専門性、社会的な価値観によって定められた「よりよい状態」が、本人にとって必ずしも救いにならないことを丁寧に描いています。
また、変化そのものよりも、その変化を誰とどのように生きるのか、関係性の中で人がどれほど支えられているのかという点が、幸福感に大きく影響することも静かに示しています。
心理職を目指す学生だけでなく、人の幸せや尊厳について考え続けたいすべての人に勧めたい一冊です。
2026年1月
ビジネス実務学科 専任講師 赤城 知里

一般図書
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